You are all I need  H・T様作品



You are all I need





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 「じゃあ、そろそろ私は行くよ」
 男は身支度を整えると、悠然とした足取りで玄関に向かった。
 ドアノブに手をかけて振り返ると、彼の犬が寂しげな表情を浮かべて、切なくこちらを見つめている視線とぶつかった。その様はまるで、飼い主に今にも捨てられそうになっている犬さながらだ。行かないでくれというオーラを全身から放って訴えている。
 男は苦笑して、踵を返した。犬を抱き寄せ、その潤みかけた目尻にキスを落としてやる。
「そんな目で見つめないでくれ、ロビン。帰れなくなってしまうだろう」
「ご主人様……」
「私とて名残惜しいけれどね。私も忙しいんだ。そうそうお前の相手ばかりもしていられない」
「…………」
 ますますしゅーんとうな垂れてしまったロビンに、男は優しく囁いた。
「またすぐに来るよ。それまでいい子で待っていなさい」
 男はロビンの髪を撫で、もう一度目尻にキスを落としてやると、
「──返事は? ロビン」
 ロビンは恨めしそうに男を見上げたが、主人である男の言葉は絶対だ。今やすっかり男の虜となってしまっている彼は、殊勝に頷くしかなかった。
「………………はい、ご主人様……」
「いい子だ」
 そうして男は帰って行った。その後姿が見えなくなるまで、ずっとロビンは動かなかった。



 それから一ヵ月後。
 男は仕事に追われて、忙しい日々を送っていた。
 大企業の社長である彼は、そうそうヴィラに入り浸るわけには行かない身だった。ヴィラで犬たちと遊んだ後はいつも、溜まりに溜まった仕事を片付けねばならないのが常だった。
 ロビンを手に入れてからは、ヴィラに足を運ぶ回数も増え、その滞在期間も長くなりがちになっていた為、帰ってきてからの忙しさときたら、以前の倍くらいになっていた。
 それでも何とかスケジュールを調整し、あと三日もすれば休暇が取れるところにまで漕ぎつけた。
 あの愛らしい犬は、彼が来るのを今か今かと首を長くして待っていることだろう。
 ロビンを手に入れたがっている人間は多い。男の留守中に、その貞操を奪われかけたことも一度や二度ではない。だが、幸いにして、ロビンについているアクトーレスが優秀なお陰で、全て未然に終わってはいたが。
(いっそヴィラから買い取るか──?)
 そうすれば、名実ともにロビンは彼だけのものになる。あの犬を譲ってくれとしつこく迫られる煩わしさからも解放されるし、彼に会う為にいちいちアフリカまで行かなくてもすむ。
 そんなことを考えた自分に、男は思わず苦笑した。
 今まで、何匹もの犬を調教し、支配下においてきた彼だったが、ヴィラから犬を買い上げたことは一度もない。たった一匹の犬に、ここまで入れ込んだのは初めてのことだ。
 だが、不思議とそれを不快には思わなかった。ロビンはかつてないほどに愛らしく忠実な犬だったし、彼もまたそんなロビンが可愛くて仕方がなかったのだ。
(……もしかしたら、囚われたのは私の方かもしれないな)
 次にヴィラに行った時、彼を買い取る為の値段交渉をしよう、と男は心に決め、再び精力的に仕事に取り掛かった。



 三日後、驚異的な処理速度で仕事を片付けた男は、約一ヶ月ぶりにヴィラに足を踏み入れた。
 ドムス・アウレアにチェックインし、早速ロビンに会いに行こうと、フロントに部屋の鍵を預けていると、ロビンのアクトーレスが息せき切って走ってくるのが見えた。
「やあ、久しぶりだね。そんなに慌てて、何かあったのかい?」
「そ、それが……」
 アクトーレスは一瞬言葉に詰まって、視線を彷徨わせた。しかし言わないわけにはいかないと、意を決したように告げた。
「申し訳ありません、ご主人様。実は──」
 アクトーレスは一旦言葉を切り、大きく息を吸い込んでから、言葉を続けた。
「ロビンは今、病院にいるんです」



 アクトーレスに案内されたのは、ポルタ・アルブスの集中治療室だった。
 そこに、包帯だらけのロビンが横たわっていた。
 美しかった顔は無残に腫れ上がり、白いガーゼと包帯に覆われていて、口と鼻は酸素マスクに覆われている。力なく投げ出された両腕にも包帯が巻かれ、二本の点滴が打たれていた。シーツに隠れて見えないが、その下にある身体もまた包帯だらけであることは容易に想像がついた。
 男が愛してやまない翠緑玉の瞳は、醜く腫れ上がった瞼の奥に隠れ、今は見えない。
 血の気の失せた青白い顔はまるで死人のようで、胸の辺りが微かに上下していなければ、生きているとは到底信じられないくらいの有様だった。
 男はその光景に絶句し、険しい目でアクトーレスを振り返った。
「……これはどういうことだ。一体何があった?」
「申し訳ありません」
「私が聞きたいのはバカの一つ覚えのような謝罪の言葉じゃない。何があったのかを聞いている」
 厳しい声で再度問いただすと、アクトーレスは観念したように溜息をついた。
「つい昨日のことです。ロビンは──レイプされたんです」



 ロビンは従順な犬だった為、昼時間に中庭に出て自由に過ごすことを許されていた。
 その日もロビンはいつものように中庭に出て、お気に入りの場所で日向ぼっこをしていた。だが、その表情は浮かない。
 またすぐに会いに来ると言って帰っていった主人が、もう一ヶ月も会いに来てくれていない所為で、寂しくて仕方なかったのだ。
 今の彼は、将来を嘱望されていた警官などではなく、主人がいなくては生きていけない犬だった。主人の与えてくれる愛情だけが、彼の全てになっていたと言っても過言ではないだろう。
(ご主人様の嘘つき。すぐに来てくれると言っていたのに……)
 しゅんとうな垂れて、足元の草を毟りながらいじけている。
 通りかかった犬が幾人か、彼の股間に鼻先を突っ込んできたが、主人のことで頭がいっぱいのロビンは、犬同士の挨拶もそこそこに、すげなく彼らを追い払った。
 寂しげにしている彼の様子が、知らず知らずのうちに通行人を惹きつけてしまっているのだが、当の本人は気付いていない。やや伏目がちの愁いを帯びたエメラルドの瞳は、見た者全てを魅了せずにはおれないほどの色気を放っているのだが、その点に関して、この犬はまったく無自覚なのだった。
 彼が主人である男の一番のお気に入りであることは、ヴィラにいる者なら誰でも知っている。彼を抱きたいと思っている客は星の数ほどいたが、彼の主人がどんなに金を積んでも権利を譲渡しないばかりか、ほんの一時の貸し出しさえも承知しないので、彼を目の前にしていても手を出せないのが現状だった。
 許可もなしに他人の──しかも常連のバトリキの──犬に手を出したら、ただではすまないことを、誰もが承知していた。
 だがどうしても諦めきれない人間もいるもので、彼の主人のいない時を狙って、彼のアクトーレスを抱き込んでことに及ぼうとする不埒な客もたまにはいたが、成功した者はひとりもいなかった。
 だから、ロビンも主人以外の男が自分に手を出すことはあり得ないと知っていたので、いつになく安心していたのである。
 だが、何処の世界にも例外と言うものは存在する。
 この日、不幸にもロビンはその例外に遭遇してしまったのだ。
 そろそろ昼時間も終わりと言う頃になり、ロビンは部屋に戻ろうとした。その時、通りかかったひとりの若い男が、いきなりロビンの肩を掴んだのだ。
 見覚えのない男だった。高価そうな服に身を包んでいるところからすると、ヴィラの客、それもバトリキクラスであろうと窺える。ロビンは相手を刺激しないように注意しながら、控えめに言った。
「もう部屋に戻らなければいけないんです。離していただけませんか」
 しかし男はロビンの言葉など聞いていなかった。じろじろと無遠慮にロビンの身体を嘗め回すような視線で眺め、肉厚の舌でぺろりと唇を舐めた。
 ロビンはぞくりと背筋に悪寒が走るのを感じた。咄嗟に逃げなければ、と思った。
「あ、あの、離してください」
 またしても男はロビンの言葉を無視した。ぐいとロビンの身体を引き寄せると、
「気に入った。お前を俺の犬にしてやろう」
 などと言い出した。ロビンはいよいよ焦って身を捩った。
「申し訳ありませんが、私にはもう主人がいるんです。お願いですから離してください」
 それで大概の客は納得して引き下がる筈なのだが、この男は違った。主人持ちの犬に勝手に手を出すことが禁忌とされていることくらい、ヴィラの客なら知らない筈はないだろうに、男はうるさそうに鼻を鳴らしただけだった。
「こんなところでひとりでふらふらしていて何が主人だ。この俺がかわいがってやろうって言ってるんだから、犬なら犬らしく、大人しく従えばいいんだ」
 そう言って、男はロビンを有無を言わせず茂みに引きずり込んだ。慌てたロビンは必死に男を説得しようと試みた。
「やめてください、主人に叱られます。こんなことをすれば貴方にだってペナルティが──」
「うるさい、黙れっ!」
 ロビンの言葉が終わらないうちに、男の容赦ない拳がロビンの頬に飛んできた。
 悲鳴さえあげられずに、ロビンは地面に叩きつけられ、目の前が真っ暗になった。そんな彼に、男は更に殴る蹴るの暴行を加えて罵った。ロビンは這いずって逃げようとしたが、男は許さなかった。
「犬のくせに人間の言葉を使うな、雌犬が! 犬は黙って尻を振っていればいいんだ!」
 男の靴先がロビンの胸にめり込んだ。ボキリと嫌な音が響いて、肋骨が折れた。その激痛にロビンは気を失いかけたが、それでもなお、男の手から逃げようともがいた。
 そんな彼を嘲笑うかのように、男が圧し掛かってくる。それを押し退ける力はもうなかった。強引に下肢を開かされ、慣らしもしないで男の巨大な一物が押し入ってくる。後孔を引き裂かれる痛みにロビンは泣き叫び、ここにはいない主人に向かって必死に助けを求めていた。






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